2019年8月22日木曜日

■海外で育つ子どもが経験していること

「日々ストレスを感じていて、両親にキツイことばかりを言ってしまう自分を変えたい」という主訴で高校生とカウンセリングしたことがあります。

 アメリカ生まれ、アメリカ→ヨーロッパ育ち、日本人母とヨーロッパ父の間で育った彼女は、3か国語を流ちょうに操り、かなりのレベルに到達している趣味を持ち、複数国の大学受験にチャレンジする準備をしている優秀な女性でした。友達のこと、大好きな趣味のことを話す中で、彼女の言葉と表情のズレが気になり、話を聞いていくことでたどり着いたのは、彼女のストレスの根っこでした。
 ひとつめは、何度も何度も友達と出会っては別れることを繰り返す喪失体験でした。ふたつめは、彼女がずっと続けているかなりのレベルに到達している習い事についてでした。アメリカでの評価軸で技術を磨き続けてきた彼女は、引っ越し後、その技術、手法がヨーロッパではほとんど評価されないことに愕然としたことを語りだすのです。アメリカでの評価軸とヨーロッパでの評価軸の相違により、どう打ち込んでいいのか、方向性を見失ってしまった混乱、悲しみがそこにはありました。それも一つの喪失体験と言えるでしょう。

 知的な彼女は自分の人生の価値を理解していました。3か国語話者としていくつもの文化で暮らす経験ができたことを親に感謝するべきだと頭は理解しながらも、なぜか苛立ち、感謝とは真逆の言動を親にしてしまう自分を責め続けていました。自分のストレス、悲しみの根源に気づき、それに触れることができた彼女は、思春期という自身の内側の複雑な変化を抱えながら、今、複数の異文化に身を置き、複数の価値観に自分を調整させ続けながら成長している負荷と葛藤に気付き、自分のがんばりを認めることができました。そんな頑張る自分に与えるご褒美と、自分のストレスを発散する適切な方法を一緒に考えだし、毎日の生活で実践することでカウンセリングを終えました。
 海外で育つ子ども達は思春期という子どもから大人に移行する複雑な身体的感情的な変化に加えて、異文化間での価値観の葛藤の中、新しい価値観に適応しサバイブするために馴染みのあるものを手離す喪失経験を連続的に経験しながら育っている最中なのです。

今日は選択日和 いのうえ

2019年8月16日金曜日

喪失体験 大切な何かを失ったあなたへ



ここへ訪れてくださったあなたは、何を失った痛みとともに、今ここにいますか?
・愛する人を失った・喪った
・自分に強い影響を与える人を失った・喪った
・家族の一員だったペットが他界した
・叶えたかった夢や理想の在り方をあきらめた
・馴れ親しんだ何かが変化してしまった
・長きに渡って築き上げた立場、人間関係を失った
​他にも大切な何かを失った方がいらっしゃるでしょう。
人生の中で、人は大切にしていた何かを失い、身をもがれるような痛みとともに、悲嘆の底にうずくまり、立ちすくみ、前に進めない。そんな喪失体験をすることがあるでしょう。喪失体験なく、この人生を生き切れる人はほとんどいないのではないでしょうか。
ここで、3人の学者による悲嘆のプロセスを紹介します。
彼らが説いた悲嘆のプロセスは、今のあなたの痛み、心の状態を「当然のことだよ」と言ってくれているようにわたしには思えます。心理学用語でいう「一般化」です。
これは自分に起こっていることを客観的に知る機会になります。
今、自分には何が起こっているのか、今後どんなプロセスが自分を待っているのか、論理的に頭で理解することで、心を圧倒している感情が少しだけ扱いやすくなる、そう感じる人たちが一定数います。認知Cにストレングスがある人たちです。

あなたは今、喪失体験のどのプロセスいますか?
少しだけ自分から離れたところから、今の自分を観察してみましょう。
■アルフォンス・デーケン氏 悲嘆のプロセス12段階*1
 1)精神的打撃と麻痺状態
 2)否認
 3)パニック
 4)怒りと不当感
 5)敵意と恨み
 6)罪悪感
 7)空想、幻想
 8)孤独感、抑うつ
 9)精神的混乱と無関心
 10)あきらめ、受容
 11)新しい希望、ユーモアと笑いの再発見
 12)立ち直りの段階・新しいアイデンティティの誕生
■キューブラ・ロス氏 死の受容プロセス(1969)*2
 1)否認と隔離(事実として受け入れられない)
 2)怒り(なぜ自分だけが、といった怒り)
 3)取引(神仏へ祈る)
 4)抑うつ(無力感、抑うつ状態、絶望的な悲しみ)
 5)受容(静かな境地)
■ボウルビィ氏 悲嘆のプロセス4段階(1961)*3
 1)無感覚の段階
 2)否認
 3)絶望・失意
 4)離脱・再建
 この3つ、喪失体験をした後、いくつかの状態をたどり、喪失した事実を受け入れて、ふたたび前に進むというプロセスは同じですが、いくつに区分するのか、どう名付けるのかに若干の違いがあります。
 3人の悲嘆のプロセスにおいて、3人に共通しているものは「否認」
2人に共通しているものは「怒り」「抑うつ」「受容」「痲痺・無感覚」「再建・立ち直り」
 最初はそれを失なったことを受け入れられない「否認」の時期があり、喪失した事実は「抑うつ」状態をひき起し、失う前にもっとできるがあったのではないかと「悔やみ」、かつてあったものがここにないことを「哀しみ」、なぜよりにもよって自分がこんな目に合わなければいけないのかと「怒る」。このように多様な感情の変化を味わい尽くしていくようです。
 また、これらの悲嘆のプロセスはこの順通りではない場合や一度経たプロセスを繰り返すこともあります。
■グリーフワーク
 喪失体験へのケアは、心理学の世界ではグリーフワークと呼ばれています。
 カウンセリングの中では、話すことだけではなく、アートや身体感覚を用いて感情に触れたり、お別れの儀式をして感情を昇華させたりします。これらの悲嘆のプロセスを経る中で、今は亡き大切なものとの出逢いに何らかの意味を見出したり、その出会いに感謝する気持ちが湧いたり、とたくさんの感情を味わうことになります。
 
 喪失体験に伴う多様で濃厚な痛みを伴う感情を涙とともに味わいつくすプロセスは、一人一人それぞれ進みがあり、タイミングがあり、然るべき時間がかかるでしょう。そのプロセスの中で、心の痛みがだんだんとゆるやかになっていくことでしょう。
 日本における伝統的な法要である、初七日、四十九日、三回忌といったものはまさにその役割を果たしていると言えそうです。「法事は生きている人たちのためのもの」法要でそういう話をされた僧侶がいましたが、その儀式、Ritualはグリーフワークのプロセスに沿っており、わたしたちが緩やかに大切な人を失った喪失体験と、その人がいない世界を生きていけるようになるプロセスを、なんどもなんども段階的に手助けしてくれている儀式であると言えるでしょう。
■喪失体験からの回復とは
 喪失体験からの回復とは、どんなプロセスをいうのでしょうか。またどんな状態を回復というのでしょうか。
失った何かに対して、または、何かを失った自分の経験に対して、自分なりの意味づけを与えて、自分の中に取り込んでいく、消化するプロセスを進む。その経験をした自分でまた新たなバランスを作り出す。喪失という大きな変化の後の壮大なバランスの再調整なのではないか、とわたしは考えています。
 もうここにはないもの。喪失したそれを引き連れた新しい自分で、ふたたび前を向いて今を生きていけるようになる。それが喪失体験を乗り越える、グリーフワークの結果たどりつく状態、回復なのではないかと、わたしは思います。
「一度出会ったものとは、本当の意味で別れることはできない​。その体験を引き連れて生きていくのだから。」
わたしはそう感じています。
■喪失に気が付かないケース
 カウンセリングの現場では、ご本人が喪失したこと、そのものに気が付いていないという状態に出会うことがしばしばあります。抑うつや怒りといった感情の起伏にご本人がくたびれており、周りの人に当たってしまう自分を責めている、そういった表出の根っこに、何かを失っている悲しみが横たわっていることがあります。それに気づくことで、プロセスが進んでいくことがあります。 

■喪失体験が重なった場合。複合的な事象の中に喪失体験ある場合 
 また、自然災害やテロなどの人災を経験した場合、まずは災害そのものへの恐怖や脅威の感情が緩和される必要があります。それが落ち着いた後、悲嘆のプロセスがはじまり、進んでいくと言われています*4。
 加えて、この度の喪失体験より以前に、感情的に引き受けきれないような深刻な出来事を経験していたり、同時期に複数の喪失体験をした人、幼少期の愛着形成に課題があった人は、より複雑で深刻な喪失体験のプロセスを経る可能性があることを言い添えておきます。
*1 Alfons, D
*2 Kübler-Ross(1969)
*3 Bowlby, J. (1961)

*4 白井(2011)
今日は選択日和いのうえ
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